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動くはずのない岩が

2024年11月24日

マルコによる福音書 第16章1-8節
川崎 公平

主日礼拝

 

■主イエス・キリストがお甦りになった日の朝早く、数人の女たちが連れ立って墓に行きました。「週の初めの日、朝ごく早く、日の出とともに墓に行った」(2節)。この墓というのは言うまでもなく、十字架につけられた主イエスのご遺体が葬られた墓を訪ねたということです。そんなことをしたのは、この僅かな人数の女たちだけでした。本当は、主イエスのいちばん近くにいた12人の男の弟子たちが率先してすべきことであったかもしれませんが、彼らはまったくもって無責任でした。弟子たちは皆とっくに逃げ出してしまって、どこにいるかもわからない。その弟子たちと比べても、この女性たちがどんなに深く主イエスのことを愛していたか、その思いの深さがうかがえます。

けれども彼女たちには、ひとつ気がかりなことがありました。「誰が墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていたというのですが、これはどういうことかというと、当時の墓は、横穴を掘って遺体を横たえ、その入り口に巨大な岩を置いて、封をするという形でした。ですから、墓の入り口の大きな石を何とかして転がさないと、誰も中に入ることができないのです。

ところが、4節。「ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石がすでに転がしてあった」。いったい誰が、この石を転がしたのでしょうか。もっとも、この墓の入り口を塞ぐ石というのは、男が10人か20人集まれば動かすことのできる大きさであったと言われます。それを大きいと見るか、まあ大したことないと見るか。けれども大切なことは、この石を動かしたのは人間ではない、神がこの石を転がされたということであります。

今朝の説教の題を、「動くはずのない岩が」としました。動くはずのない岩が、動いたのです。神が動かしてくださった。このような説教題を、先月10月の始めには決めていました。それから1か月あまりの内に、4人の方の葬儀をこの場所ですることになりました。そのたびに、自分で決めたこの説教の題のことを、時折思い起こすことになりました。たとえば、この1、2か月の間に葬儀をした方たちの遺骨は、まだそれぞれご遺族のご自宅にあるだろうと思います。骨壺を見ることはできる。抱きしめることもできる。その意味では、物理的な意味では、大きな石なんかどこにもないのかもしれません。けれども、私どもがよく承知していることは、本当の意味で私どもと死んだ者とを厳しく隔てている大きな〈死の石〉があるのであって、これを動かすことは容易ではないということです。いや、容易ではないどころか、いかなる人間にもこれを動かすことは、絶対にできないということです。

ところが福音書が伝えることは、動くはずのない岩が動いたという、このことであります。押しても引いても、びくともしないはずの死の岩を、神がゴロゴロと転がしてくださった。ただ神にしか転がし得ない死の石を、神が転がしてくださったのだ。

新約聖書には、四つの福音書があります。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ。聖書の学者たちを悩ませてきたことは、この四つの福音書の伝えるキリストの復活の記事が、けっこう違っているということです。どうしてそんなことになったか、その議論はまたの機会に譲りたいと思いますが、ところがひとつ際立っていることは、そういう四つの福音書が共通して伝えていることは、主イエスの墓を閉ざしていた大きな石が動いたという、このことなのです。神にしか動かし得ないものを、神が動かしてくださって、そしてその墓の中から、やはり神にしか語り得ない言葉が響いてきました。

「驚くことはない。十字架につけられたナザレのイエスを捜しているのだろうが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』」(6、7節)。

これまで誰も聞いたことのない言葉、全能の父である神にしか語り得ない言葉が、墓の中から聞こえてきました。そして、少し話が一足飛びになるようですが、ここに教会の基礎があります。ここに、キリスト教会の出発点があるのです。石が転がされ、墓は空っぽになり、そこから命の言葉が流れ出る。その時以来二千年にわたって造られてきた教会の歴史は、あの墓から流れ出てきた言葉によってのみ、支えられているのです。「あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である」。

■ところがそのあとの話は、思いがけない方向に進んでまいります。女たちが空っぽの墓の中で聞いた神の言葉は、少なくともさしあたりは、喜びをもたらすものとはなりませんでした。むしろ話はまったく逆で、最後の8節にこう書いてあります。「彼女たちは、墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、誰にも何も言わなかった。恐ろしかったからである」(8節)。

少しややこしい話になりますが、皆さんのお手元の聖書の書き方からすれば、8節で話が終わるわけではなく、これに9節以下が続くわけで、その部分でお甦りになった主イエスがいろんな人と出会ってくださって、そしてそのあと弟子たちがどういうことをしたか、という話になっていきます。ところが、よく見るとその9節以降の部分は〔 〕の中にくくられています。この〔 〕が何を意味するかというと、元来のマルコによる福音書にはこの9節以下の部分はなかっただろう、ということです。もともとのマルコによる福音書は、第16章8節までで完結していたのに、あとの時代に、おそらくマルコとは全く関係のない別の人が、9節以下を書き足した。それは現代の聖書学の常識となっています。もちろん、だから9節以下は聖書ではないとか、一応聖書だけれども価値が劣るとか、そんなことを考える必要はありません。

けれども、もともとマルコが福音書を書いたとき、「恐ろしかったのだ」という言葉を最後の言葉としたという、このことも私どもに多くのことを考えさせると思います。「彼女たちは、ぶるぶる震え上がって逃げ出した。正気を失って、誰にも何も話すことができなかった。なぜか。怖かったからだ」。ここは、皆さんの想像力をよく働かせていただきたいと思いますが、ひとつの物語の結びの言葉として、あまりにも異様ではないでしょうか。当たり前のことを確認するようですが、マルコは〈福音書〉を書いたのです。喜びの知らせを、主イエスのご生涯に託して書き綴ったのです。マルコの伝えてくれた福音を、私どももこの礼拝の中で、2年以上にわたって読み続けてきました。そのマルコの伝える喜びの物語が、実は最後に何を目指していたかというと、主イエスを愛する女たちを恐怖が追い散らしたという、この最後の場面を目指してのことであった。それは、少し不気味だと言わなければならないかもしれません。人間には受け入れがたいことが起こった。人間の言葉では、到底説明のしようがないことが起こった。その異様さを、マルコは伝えようとしたのでしょう。私どもは、この女たちが経験した震え上がるほどの恐れを、共有しているでしょうか。

■ここに登場する、最初に墓を訪ねた女たちというのは、ここで初めて姿を現したわけではありません。むしろ福音書は、この女たちの姿を、たいへん大切に描いていると思います。最初に申しましたように、いちばん主イエスの近くにいたかに見えた男の弟子たちは、皆逃げてしまって行方をくらましていたのですが、主イエスの十字架の死を最後まで見届けたのは数名の女たちでした。第15章40節以下にこう書いてあります。

また、女たちも遠くから見守っていた。その中には、マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサロメがいた。この女たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、その後に従い、仕えていた人々である。このほかにも、イエスと共にエルサレムへ上って来た女たちが大勢いた。

その女たちがまた、第15章の最後に書いてあるように、主イエスの埋葬を最後まで見届けたし、けれどもその埋葬の仕方は、あまりにも慌ただしかったものですから、ご遺体の処置がいかにもぞんざいだと感じたのでしょう。もっと丁寧に葬って差し上げないと。それで女たちは、何も仕事をしてはならない安息日が終わるのを待ちかねたように香料を買い、準備を整えて、主イエスのご遺体を清め直すために墓を訪ねたというのですが、考えてもみてください、死刑囚の墓を訪ねるって、実はものすごく勇気のいることですよ。なぜ弟子たちが皆逃げてしまったか。一番弟子のペトロが、「お前もイエスの仲間だな」と三度問われて、三度イエスとの関わりを否定してしまったことを思い返してみてもよいのです。主イエスの墓参りなんかしていたら、また捕まってしまうかもしれない。けれどもこの女たちは、そういうだらしない男の弟子たちにはできなかったようなことを、堂々とする勇気を持っていたと、言おうと思えば言えなくもないのです。先ほど読んだ41節にあるように、「この女たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、その後に従い、仕えていた人々である」。ずっと主イエスに従ってきた。仕えてきた。最後の最後まで、この女たちは、主イエスに仕え抜こうとしたのであります。他の誰よりも、主イエスに対する愛が深かったのです。しかも福音書は、そういう女たちのことを、信仰の英雄だとか模範だとか、そのように描いてもいないのです。

■7節に、このような天使の言葉があります(正確には「天使」とは書いてありませんが、天使で間違いないでしょう)。「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる」。この言葉については、来週の礼拝でも改めて丁寧に学びたいと考えていますが、「かねて言われたとおり」というのはつまり、この女たちも復活の約束を聞かされていたということです。主イエスはご自分の周りにいる人たちに、繰り返しご自分の十字架について、死の苦しみについて、そして復活について語ってこられました。「わたしは甦ったら、あなたがたに先立ってガリラヤに行く。そこでもう一度、あなたがたに会う」。けれども、このとき見事に暴露されてしまったことは、この女たちが、主イエスの約束をちっとも聞いていなかった、聞いていたのにまったく信じていなかったということなのです。

このように考えてまいりますと、復活信仰というのは、本当に不思議なものだと思います。もちろん私どもキリスト教会の信仰のいちばん基本にあるのは、復活の信仰です。イエス・キリストはお甦りになったし、その事実に基づいて、私どもにも復活の望みが与えられているのです。そして、素朴に考えて、死んだ人が復活するというこの望みは、われわれ人間がいちばん信じたいと願っていることではないでしょうか。いや、もちろんにわかには信じにくいことだけれども、もし本当にそうなら、信じさせていただきたい。死の恐れの中にいる人が、藁をもつかむ思いですがりたいと願っているのが、この復活の信仰だと思うのですが、ところがむしろ聖書が率直に伝えている人間の姿は、まるで正反対なのです。主イエスのいちばん近くにいた人たちに、何度も繰り返し復活の望みが教えられていたのに、誰もその望みを信じようとしなかったというのです。誰よりも主イエスを愛していたはずの女たちが香料を携えて墓を訪ねたというのは、たいへん象徴的なことです。香料というのはつまり、死体に塗るためのものですから、復活するはずのお方をお訪ねするために香料を持参するなんて、考えてみればとんでもないことで、まるで結婚式の会場に弔電を送りつけるような無礼でしかありません。

なぜこの女たちは、そこまで復活の信仰を否定したがったのでしょうか。本当は人間がいちばん欲しがっている希望が復活の信仰であるはずなのに、なぜこの女たちは、ここまで頑なにそれを拒否しようとしたのでしょうか。それは単純に言って、人間の頑なさがいちばん鮮明な形で現れたと言わなければならないだろうと思います。それをなお具体的に言えば、この女たちが、というよりもわれわれ人間が、どんなに深く死を信じているか、ということであります。

「死を信じる」というものの言い方は、あまりしっくり来ないところがあるかもしれません。けれども、本当にそうだと思うのです。なぜこの女たちは、あれほど主イエスご自身から教えられていたのに、それでも墓に香料なんかを持参したのでしょうか。死を信じていたからです。この世界にはいろんな力があって、いろんな人がいろんな力を誇っているように見えるのですが、すべての力はどんなに強そうに見えても結局は不確かであって、けれどもその中でただひとつ確かなもの、不動のもの、不滅のものは死の力である。死の力に打ち勝つ力は、この世に存在しない。これが私ども人間すべてが共有している確信であり、だからこそしばしば独裁者は死の力をもって人を支配しようとするのでしょう。死の力に対して、「死よ、あなたこそ全能者です。死よ、あなたこそ世界の支配者です。死よ、あなたにまさる力は、世界のどこにも存在しません」。女たちがその手に握りしめていた小さな香料の瓶は、このような死の力に対する固い信仰の象徴でしかありませんでした。

ところが、そのような死に対する信仰が一挙に突き崩されるということが起こりました。墓を塞いでいた大きな石は転がされ、空っぽになった墓から、神の言葉が流れ出る。その神の言葉が、彼女たちの不信仰を打ち倒しました。

「十字架につけられたナザレのイエスを捜しているのだろうが、あの方は復活なさって、ここにはおられない」。

それを聞いて、彼女たちは逃げ出しました。震え上がり、正気を失いました。誰にも、何も言うことができませんでした。言葉が凍りつくほどの恐れに捕らえられました。なぜか。自分たちが崇拝していたものが打ち倒されたからです。けれども、その恐れはやがて喜びに変わる。神が喜びに変えてくださる。その喜びの中に、今私どもも生かされているのです。

■今年のクリスマスにも数名の方が洗礼を受ける準備をしておられます。洗礼を受けようというときに、私どもの教会では必ずその前に、長老会の面接試問を受けなければなりません。私が鎌倉に来るよりもずっと昔の話ですが、かつてこの教会で洗礼を受けた方で、洗礼に先立つ長老会の席上で、「わたしは死を信じません」と、自分の信仰を言い表した方がいたそうです。もちろんそれと合わせて、「わたしは、イエス・キリストを信じます」というようなことをおっしゃったのでしょうけれども、その主イエス・キリストを信じるとはどういうことか。このわたしにとって、イエス・キリストを信じるとはどういうことか。「わたしは、死を信じません」。キリストに救われた者の喜び、ここに極まると思わされます。

私自身、牧師としてしばしば人の死に立ち会います。今日の午後には、葬儀についての説明会というのを行いますが、その説明会に出るために、既にこの礼拝から出席してくださっている方もあるかもしれません。私が教会の委託を受けて、キリストの委託を受けて葬儀の司式をするとき、しばしば心に繰り返すのはこの言葉です。「わたしは、死を信じません」。もちろん、目の前にいくらでも死の出来事は起こるのです。目の前に、厳然たる死の事実が突き付けられます。もう、どんなに大声で語りかけても、叩いても揺さぶっても、何の反応もない。そこでなお、私ども教会にはこのような信仰の言葉が与えられております。「わたしは、わたしたちは、死を信じません」。

先月、この教会で長く長老を務められた仲間の葬儀をしました。お亡くなりになる前の晩に、病室を訪ねることができました。その方にとっては、それが牧師と共にする最後の祈りになったかと思います。私より先に嶋貫牧師が到着していて、聖書を読み、讃美歌を歌い、それで私はもうやることがなくなったから、というわけではもちろんありませんが、最後に3人で一緒に使徒信条を唱えました。その長老も、声を出すことはできなくても、そのまなざしは、最後まで主イエスを愛し、主イエスに愛されたまなざしであったと思いました。「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず」。「我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず」。そう言って最後に、「わたしは聖霊を信じます。教会を信じます。罪の赦し、身体の甦り、永遠の生命を信じます。アーメン」。思えば、その信仰の言い表しの背後にも、「わたしは、わたしたちは、死を信じません」との祈りが響いていたと思います。わたしは、主イエス・キリストだけを信じます。永遠の命だけを信じます。わたしは、死を信じません。

死の石は転がされ、墓は空になり、そこから命の言葉が流れ出たのですから、私どもはもう、二度と死を信じることはできません。主イエスに愛された者の幸いは、ここに極まるのです。お祈りをいたします。

 

あなたのみ子イエスはお甦りになりました。動くはずのない岩を、そのように私どもが信じ込んでいた死の岩を、あなたが転がしてくださって、今もこのように、命の言葉を聞かせてくださいます。このあなたの驚くべきみわざの前に、深い畏れと、なお深い喜びを知ることができますように。今なお癒やされない死の悲しみの中にある仲間たちのことを思います。父なる御神、本当はあなたにしか癒やすことのできない悲しみですから、どうかあなたの力によって慰めてください。主イエス・キリストのみ名によって祈り願います。アーメン