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誰のために涙を流すのか

2015年3月1日

ルカによる福音書第23章26―31節
川﨑 公平

主日礼拝

今年もイースターに先立つ一週間、受難週祈祷会をいたします。月曜日から金曜日まで、毎朝毎晩。ただし金曜日は、主が十字架につけられ、息を引き取られた時間に合わせて、夜ではなく午後2時から3時まで祈祷会をいたします。

この祈祷会で特徴的なのは、教会員の皆さんに聖書を説いていただき、祈りの勧めをしていただくということです。今年も既に1月頃から、何人かの人たちにお願いをして、牧師の指導を受けながら準備をしています。ここにおられる皆さんの中で、同じような経験をなさった方は多いと思いますが、なかなかたいへんなことです。しかし何にも代えがたい恵みを与えられることです。それはしかし、聴く人たちにとっても同じことです。私にとっても、教会の人たちが説く聖書の言葉を聴き続けるということは、かつて経験したことのない特別な恵みとなっています。

当然のことですが、祈祷会の奨励では、何でもいいから自分の話したいことを話してください、というわけにはいきません。教会が定めた聖書の言葉をひたすら説きます。けれども、どの人が語っても、その人にしか語ることのできない言葉になります。その人だけの特別な主イエスとの出会いがあるからです。「ああ、この人にもイエスさまが出会ってくださったんだ」。どの人の奨励を聞いても、いつも私はそう思わされます。

ここにおられるひとりひとり、それぞれに、思いがけない仕方で主イエス・キリストに出会いました。そして洗礼を受けたのです。もともと、主イエスに出会うということは、誰にとっても思いがけないことです。自分で決心して主イエスに出会った人はいません。予定通りに洗礼を受けた人などいないのです。ひとりひとり、その人だけの特別な導きがあり、主イエスとの出会いがあり、そして洗礼を受けたのです。

ここに出てくるシモンというキレネ人、そして嘆き悲しむ婦人たち。この人たちも、思いがけず、それこそ誰も経験したことのない仕方で、主イエスと出会わせていただきました。

26節には、まず、キレネ人シモンという人が出てきます。キレネというのは、北アフリカのたいへん大きな古代都市で、現在では世界遺産になっています。どういう経緯でエルサレムのこの場所に居合わせたのでしょうか。思いがけず首根っこをつかまれて、「おい、そこのお前。ちょっとこっちへ来い。こいつの代わりに十字架をあそこまで運べ」。

主イエスは、既に徹夜の祈りをし、捕らえられ、暴行を受け、休みなく取り調べを受け、裁判を受け、もう十字架を運ぶ体力も残っていなかった。そこで、「おい、お前が代わりに運べ」というわけです。シモンにしてみれば、 災難以外の何ものでもありません。ご近所の目もあったかもしれない。「あれ、キレネ人のシモンじゃないか。何であいつ捕まってるんだ。どんな悪いことしたんだ」。「いやいや、違うんだ、そうじゃないんだ……」。こんな恥ずかしいことはないのです。けれども、このシモンという人は、のちに教会のメンバーとなり、あるいは牧師のような、教会の指導的な立場になったとさえ言われます。なぜかと言うと、ただ主の十字架を運んだだけのシモンの名を、わざわざ福音書が書き記しているからです。キレネのシモンと言えば、ああ、イエスさまの十字架を運んだシモン、というように、皆分かったのです。

シモン自身、教会の人たちに、自分の特別な経験を何度も物語ったと思います。イエスさまの十字架の重みを、自分はこの身体で知っているんだ。そこにも、それこそ特別な、不思議な神の導きがありました。主イエスに出会わせていただいたのです。けれどもルカによる福音書は、このシモンの体験は確かに特別かもしれないけれども、同時に、これはわれわれすべての経験だと考えていると思います。

ルカによる福音書は、既にこういう主イエスの言葉を書きました。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(第9章23節)。第14章27節にも同じ趣旨の言葉があります。忘れがたい、しかもどこか私どもをたじろがせる言葉です。明らかにルカによる福音書は、このシモンの姿の中に、「自分の十字架を背負って、主イエスに従う」歩みを見ています。私どもも、同じ道に立たされているのです。

しかも、ルカによる福音書第9章23節は、「日々、自分の十字架を背負って」と書きました。これは「日々」のこと。主イエスに従うために十字架を背負うということは、一生に一度あるかないかということではないのであって、「日々」のこと、毎日のことだというのです。しかし、これは具体的には、いかなる歩みを意味するのでしょうか。

皆さんの中に、聖地旅行をしたことのある方がいらっしゃると思います。エルサレムの観光名所のひとつに、「悲しみの道」、ラテン語でヴィア・ドローローザと呼ばれる場所があるそうです。おそらく主がこの道を通って十字架につけられ、おそらくこの場所に葬られたであろう。主の十字架に至り、さらに墓に至るまでの道のりを、観光目的の人も多いでしょうけれども、しかし多くの人たちが、祈るためにその道を歩きます。実際に十字架を背負ってその道を歩いてみるという巡礼の方法もあるそうです。こういう行為に意味がないとは言えないでしょう。しかし他方から言えば、これは毎日すべきことであって、たまに海外旅行に行ったときだけするようなことではないのです。

主イエスの後ろに従って歩む。十字架を背負って。そのような歩みのことを、人びとは「悲しみの道」と呼びました。確かにそうです。悲しみ以外の何ものでもない。主イエスが十字架につけられるのですから。それは言い換えれば、私どもの毎日の歩みが、「悲しみの道」になるということです。そこで問わざるを得ない。私どもは毎日の生活の中で、何を悲しむべきなのでしょうか。

27節以下には、主イエスのために嘆き悲しんだ女性たちが出てきます。「民衆と嘆き悲しむ婦人たちが大きな群れを成して、イエスに従った」。この民衆とは、前の段落で、「イエスを十字架につけろ、十字架につけろ」と、あくまでも大声で要求し続けた人びとです。けれどもその民衆に立ち混じるようにして、「嘆き悲しむ婦人たち」がいた。ここで少しホッとする人もいるかもしれません。ひたすらにイエスの死刑を求める声だけが支配的であったその中にあって、イエスさまを慕い続け、そのために涙を流す女性たちがいた。とても美しい場面に見えるかもしれません。この女性たちの悲しみがあったから、主の十字架への道行きが「悲しみの道」と呼ばれるようになったのかもしれません。

けれども、そうすると、主イエスがこの婦人たちに語りかけられた言葉は、少し意外なものがあります。「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け」。「あなたがたの悲しみ方は間違っている」と言われたのです。「あなたがたは、わたしのために泣いているが、それは間違っている。自分のために、自分の子どもたちのために泣け」。ずいぶん厳しい言葉です。ここで主は、同情の涙ではなく、悔い改めの涙を求めておられるのです。

「『生の木』さえこうされるのなら、『枯れた木』はいったいどうなるのだろうか」(31節)。「生の木」とは主イエスのことです。神のいのちにしっかり結びついている主イエス、青々と葉を茂らせ、豊かな実りをもたらす生木のような主イエスが、こんなにひどい目にあっているとすれば、「枯れた木」であるあなたがた、神のいのちから切り離されてしまっているあなたがたに対する神の裁きは、どんなに厳しいか。だから、主イエスは、「わたしに同情している場合か」と言われたのです。「むしろ、あなた自身の罪を嘆きなさい」と言われたのです。29節、30節の言葉も、そのような「枯れた木」である私どもに対する裁きの厳しさを語るものです。

ここで主イエスは、私どもに、正しい泣き方を教えてくださっています。「泣きなさい。けれども間違った泣き方では困る。どうか、このわたしの姿を見て、泣き方を改めてほしい」。そう主は言われたのです。

皆さんも、それぞれの人生の中で、涙を流したことが何度かあると思います。いったい自分はどういう理由で泣いたことがあっただろうか。そのことを、それぞれに、ひそかに考えてみてくださってもよいと思います。誰かに同情して泣くこともあるでしょう。あまりにも悲惨な災害や、戦争のニュースに触れて、思わず涙することもあるかもしれない。誰かにひどい意地悪をされて、一晩中泣き続けるなんてこともあるかもしれない。けれども、主イエスがここで求めておられる涙は違う。先ほど讃美歌第2編の99番を歌いました。「人よ、泣きなさい、あなたの罪が大きいことを」と歌います。あなたが「枯れ木」であることを泣きなさい。あなたが神から離れてしまっていることを泣きなさい。神なしでも、まあ何とかやっていけると、どこかで思っている。そのことこそ、あなたがたは悲しむべきではないか。

いったいどこで、そのような涙を流すことができるのか。主の十字架の前で、初めてそのような泣き方を知るのです。

そして、私はこう思っています。シモンに求められていたことも、同じ悲しみであったのではないか。

先ほど、シモンの姿を紹介しながら、「自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って」という言葉を読みました。しかし、「自分を捨て、自分の十字架を背負う」とは、具体的には何を意味するのでしょうか。「自分を犠牲にして、隣人を愛する」ということでしょうか。けれども、このシモンのことを考えるとき、そのような読み方は的外れであることに気づきます。別にシモンは、犠牲的な隣人愛を求められたわけではありません。考えてみれば当たり前のことですが、シモンがここで神に強いられたことは、主イエスの後ろに立って、十字架を負うことです。それは確かに恥ずかしいし体力もいることだったかもしれませんが、別にシモンが十字架につけられたわけではない。シモンはただ、主イエスの後ろに立って、その十字架を運んだだけです。

けれども、シモンは、この日のことを生涯忘れることはなかったと思います。自分の目の前を、主イエスが、最後の力を振り絞って歩いておられます。既に鞭で打たれ、十字架を背負い、傷だらけになり、もうこれ以上十字架を負うことができなくなったほどに痛めつけられた主イエスの背中を見ながら、その意味を問わないわけにはいきません。なぜ、このお方はこんなに傷ついているのだろうか。このわたしのため、わたしの罪のためではないか。

そのときの十字架の重みを、シモンは生涯忘れることはなかったと思います。「あの十字架は、あんなに重かった」。その十字架の重みを、生涯語り続けたと思う。その重みは、私どもの罪の重みでしかなかったのです。ここに、私どもの歩みも定まるのです。十字架を負いつつ、主イエスの後ろに立つ。それは、立派な隣人愛の英雄になる道ではありません。自分の罪を悲しみ続ける歩みです。けれどもその自分の罪が、この主イエスというお方によって担われ、赦されている幸いを知り続ける歩みです。

今申しましたことと決して矛盾することではないと思いますが、私どものいわゆる隣人愛の歩みがすこやかになる道もまた、ここにしかないと思うのです。自分を捨てて、隣人を愛そうと思うとき、けれども、どうしても私どもは傷つきます。自分が損しない程度に人を愛するというのは、愛でも何でもないのです。けれども私どもは、まさにそのような自己犠牲の愛に生きようとするとき、傲慢の罪を犯すことがあると思います。「自分はこんなに十字架を負っている。自分だけが毎日こんなに我慢している……」。私どもがそういう思いになるとき、既に他者を裁き始めています。あの人も、この人も、誰も自分の苦労を分かってくれないといきり立つとき、私どもは自分の罪を忘れます。結局、私どもが願っていることは、すべての人が自分の言うことを聞いてくれることでしかないのではないか。そんな日は永遠に来ないのです。しかも、他人が同じように傷ついていても、私どもはあまり気づきません。実にわがままです。

そのような私どもが、日々、十字架を負って、主イエスの後ろに立つのです。愛に挫折した日。自分は傷つけられたと思った日。そこで涙さえ流れた日。ただ主イエスの背を見つめながら、わたしの罪のために主イエスが十字架に殺されたことを思い起こせばよいのです。そのとき、私どもは流すべき涙を流すことができます。孤独な涙ではありません。絶望の涙でもないのです。このわたしの罪のために死んでくださったお方の愛の中で、私どもは泣くのです。