主よ、あなたは何でもおできになります
川崎 公平
マルコによる福音書 第1章40-45節
主日礼拝
■私がこの場所に立つのは、実にひと月ぶりのことになってしまいました。先月、私の母教会である国立教会で礼拝説教をさせていただいたのは予定通りのことですが、その後家族3人順番に新型コロナ陽性になってしまいました。久しぶりに帰ってきたら、教会堂はすっかりクリスマスの色合いで、ほとんど浦島太郎ですね。ご心配と、またご迷惑をおかけしたことを、この場を借りてお詫びしたいと思います。
マルコによる福音書の続きを読むのもひと月ぶりになってしまいました。重い皮膚病を患っている人が主イエスに癒していただいたというこの福音書の記事を、予定よりもずいぶん遅れて読むことになったわけですが、クリスマスの恵みを思いながら、いちばんふさわしい聖書の言葉を神が与えてくださったような思いがいたします。
重い皮膚病を患った人。旧約聖書にも定められている規定により、誰も、誰にも触れることが許されない人のために、しかし41節、「イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ」と書いてあります。クリスマスに神ご自身が人になってくださったのは、この重い皮膚病を患った人に、神が手を触れてくださるためであったのだ。そう言わなければならないだろうと思うのです。
■コロナにかかってずっと自宅に閉じこもっていたわけですが、その間まったく牧師の仕事をしていなかったわけではありません。先々週、東京第四友の会という集まりのクリスマス礼拝の説教を約束していたのですが、もちろん行くことはできず、オンラインで説教をさせていただきました。便利な世の中になったと言うべきか、簡単には仕事を休ませてもらえなくなってしまったと言うべきかもしれませんが、私にとってはありがたいことでした。友の会というのは、今では家計簿とかお料理ばかりが有名になってしまいましたが、もともと羽仁もと子というキリスト者が信仰的な志によって始めた運動体です。先々週、その東京第四友の会のクリスマス礼拝でこういう話をしました。
もう15年ほど昔のこと、私がまだ長野県におりましたときに、初めて友の会のクリスマス礼拝に呼ばれて説教をさせていただいた。その席にたまたま、共働学舎という集まりを創立なさった宮嶋眞一郎先生が出席しておいででした。当時既に86歳、もう残念ながら地上の存在ではありません。羽仁もと子が始めた自由学園という学校の第一期生で、卒業後も長く自由学園の教師としてお働きになりました。その後、共働学舎を設立。共働学舎というのは、最近ではおいしいチーズとかクッキーが有名ですが、もともとは長野県に最初に作られたもので、特に心身に障害のある人たちを集めて、〈共働生活〉、共に働く生活をしています。
その宮嶋眞一郎先生が、長野友の会の席で挨拶をなさったのですが、忘れることのできない感銘を受けました。宮嶋先生が自由学園におられたとき、羽仁先生からしつこく言われ続けたことがあったといいます。ひとつは「この国をよくするために、何かしなさい」。もうひとつは「本当の友になれ」。その羽仁先生の声が、86歳になっても耳もとから離れないんだ。自分なりに志を立てて共働学舎を始めてみたが、それが本当にこの国をよくしているか。本当の友を作る力になっているか。「本当の友になれ」。それがいちばん大切なことであり、しかもそれがいちばん難しいのだ。
こんなことも言われました。「本当の友にならなければ、この国はよくならない。利害関係でつながる友は、本当の友ではない。しかしどうしてもわれわれの友人関係は、利害関係になってしまう」。この人と友達になっておけば、自分にはいいことがあるだろう。でもこの人と友達になっても、自分は損するばかりだろうな。……しかしそれは、実は本当の友なんか、最初からひとりもいなかったということにしかならないではないか。「本当の友になれ」。しかし、それがいちばん難しいのだ。そう言って宮嶋先生は、ご自身のいちばんの愛唱讃美歌はこれだと言って、讃美歌121番の歌詞を朗読なさいました。
馬槽のなかに うぶごえあげ、
木工の家に ひととなりて、
貧しきうれい、生くるなやみ、
つぶさになめし この人を見よ。食するひまも うちわすれて
しいたげられし ひとをたずね、
友なきものの 友となりて
こころくだきし この人を見よ。
「馬槽のなかにうぶごえあげ」と賛美されるべきクリスマスの出来事は、いったい何を意味するのか。今朝読みました福音書の記事は、そのようなクリスマスの恵みを、実に鮮やかに証ししていると思います。「友なきものの友となりて」。そのために、神ご自身にほかならないお方が、人になってくださったのです。
■「重い皮膚病を患っている人」とありますが、もしかしたら皆さんの聖書の中には「らい病」と書いてあるものがあるかもしれません。しかし25年前、日本聖書協会はすべて「重い皮膚病」と、翻訳を改めました。理由は非常に単純なことで、らい病・ハンセン病とは全然違う病気だということが分かったからです。それで「重い皮膚病」と訳し換えられましたが、実はその翻訳にも批判があります。必ずしも「重い」とは限らなかったからです。重症か中等症か軽症かはどうでもよくて、問題は、その病気が社会的・宗教的に「汚れている」と見なされたということなのです。
旧約聖書のレビ記には、この「重い皮膚病」になった人に関する規定が詳細に定められています。町や村から徹底的に隔離されて、ひとりで生活しなければなりません。新型コロナ感染症と似ているかもしれませんが、医療機関に隔離されるのではありません、人里離れた場所にひとりで住み、何か必要があって通りを歩かなければならないようなときには、「衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、『わたしは汚れた者です。汚れた者です』と呼ばわらねばならない」(レビ記第13章45節)と書いてあります。間違って誰かと接触することがないように、汚れをうつしてしまわないように。それにしてもずいぶん残酷な規定です。そして、こういう聖書の記述を読むと、なぜ「らい病」と間違って訳してしまったか、それが医学的には間違いであったとしても、間違いが起こった理由は分かるのです。日本でも、らい病・ハンセン病にかかった人たちに対して、ずいぶん残酷な扱いがありました。医学的には関係なくても、その人たちに押し付けられた境遇は、恐ろしいほどにそっくりなのです。
私が小学生の低学年のときに、何年か続けて夏休みに、教会の人たちと一緒にハンセン病の施設を訪ねたことがありました。当時はまだ「らい病」と呼んでおりました。瀬戸内海にある、当時は手漕ぎの渡し舟でしか行くことができなかった離れ小島で、その島にある教会の人たちとも触れ合いがありました。その教会の牧師は、それこそ小学生のときに発病して、親からむりやり引き離されてこの島に来たと聞かされて、同じく小学生だった私は悲しすぎてあとで泣きました。その牧師は、本当に明るい顔で当時のことを振り返ってみせるのですが、厳しいことだと思いました。他にも体の一部が無くなったような人、顔が崩れたような人を間近に見て、幼い私は本能的に恐くなりました。その本能的な恐怖心というのが、しかし、われわれ人間の、根本的な罪であると言わなければならないと思うのです。
たとえばそのような「重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、『御心ならば、わたしを清くすることがおできになります』と言った」(40節)と書いてあります。たいへんな決心であったと思います。「汚れた者が通りますから、よけてください」と、そんなことしか口にしたことがなかった人間が、イエスのところに来てひざまずいた。とうてい社会的に許容されないことを、この人はしたのです。それに応えて、主イエスはさらに許容されないことを、この人のためにしてくださいました。「イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ……」(41節)。主イエスはもちろん、その人の肌の中でいちばん症状が重かったところに手を触れてくださったと思います。他の人だったら触れるどころか目を逸らしたくなるような病んだ肌に、主イエスは手を差し伸べて、触れてくださって……それだけで、この人はすべてを理解したでしょう。これは、神の手だ。神ご自身が、今わたしに手を触れてくださるのだ。まさしくこれが、クリスマスだと思うのです。
■このクリスマスのこころを集中的に言い表したのが、41節の最初の「イエスは深く憐れんで」という言葉です。「深く憐れんで」。これは原文にさかのぼると興味深い表現で、「内臓、はらわた」という名詞に動詞の語尾をくっつけた言葉です。腹の底から揺り動かされるような激しい憐れみを意味します。新約聖書が書かれたギリシア語では、もともとそれほど珍しい言葉ではありませんが、興味深いことに、新約聖書がこの言葉を使ったときに、神と主イエス以外の人間には決してこの言葉を用いようとしませんでした。腹の底から、はらわたが揺り動かされるような深い憐れみ、そんな感情を本当の意味で持ち得る人間は、神の子イエス以外にひとりもいない、ということかもしれませんし、言い換えれば、「本当の友になる」ことができるのも、イエス・キリストただひとりだ、ということかもしれません。
ただそこで、少しややこしい話になりますが、この「深く憐れんで」という言葉が本当に最初のマルコによる福音書の原本にあったのか、疑う人も多いのです。古代の話ですから、もちろん最初のマルコ福音書の原本なんてものは残っていない。それを一文字一文字書き写し、それをまた書き写していった、無数の写本が残っているのですが、それを調べてみると非常に面白いことに、「深く憐れんで」と書いてある写本と、もうひとつ「怒って、腹を立てて」と書いてある写本があるのです。さあ、どっちがもともとの言葉遣いで、どっちが修正版なのか。ここはよく考えていただきたいのですが、もともとの原稿に「イエスは深く憐れんで」と書いてあったのを、次にそれを書き写した人が、わざわざ「イエスは怒って」などと書き直すでしょうか。むしろ、もともと「イエスは怒って」と書いてあるのを読んで、どうも受け入れにくいと思った人が、「イエスは深く憐れんで」と書き直したと考える方が、筋が通るかもしれません。聖書の学者たちの意見もけっこう分かれているのですが、個人的には、「怒って」の方が正しいんじゃないかなあ、と思っています。
しかしそれにしても、「イエスさまが腹を立てるなんて」と思うかもしれませんが、「イエスは怒って」と読んでみると、あとの話にもうまくつながるのです。そのあとの43節に、「イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して」と書いてありますが、まず「厳しく注意して」という言葉、これはもともと馬が荒々しく鼻息を立てる音から作られた、一種の擬態語だと言われます。「エンブリーマオマイ」というギリシア語の動詞ですが、馬が「ブルルル」と鼻を鳴らすように、鼻息荒く。同じ言葉が、ヨハネによる福音書第11章にも出てきます。来月あたり、嶋貫牧師がこの言葉についても説教で触れるかもしれません。主イエスが特に愛しておられた、ラザロという人が病気で死んでしまったというときに、そこでもイエスは鼻息荒く、そのところでは「心に憤りを覚えて」と訳されています。いったい、何に対して主イエスは憤られたのだろうか。愛する者を死の中に引きずり込んでしまう、その死の力に対する憤りであると言われます。その憤りの思いをぶっつけるように、主イエスはラザロの墓の前に立ち、「ラザロ、出てきなさい」と大声で叫ばれました。ラザロよ、あなたがいるべき場所はそこじゃない。戻って来い。その大声に導かれるようにして、ラザロが墓の中から出て来るということが起こりました。
ここでも主イエスは激しく憤り、鼻息荒く、重い皮膚病を癒やされた男に何と言われたかというと、「祭司のところに行って体を見せなさい」と44節に書いてあります。なぜ祭司のところに行くのか。祭司に証明してもらわないと社会復帰が許されなかったからです。あなたは、ちゃんと社会復帰しなさい。それにしても表現として激しすぎると思いますのは、43節の「その人を立ち去らせようとして」という言葉で、ギリシア語の話ばかりして恐縮ですが、「追い出す」という意味の言葉です。鼻息荒く、「あっちへ行け、ここから出て行け」。そこにもやはり、主イエスの怒りがあったと思うのです。
何に対する怒りでしょうか。先ほど紹介したラザロの物語においては、死の力に対する憤りであろうと申しました。ここでも同じように、病の力、人を滅びに追い込んでしまう死の力に対する怒りもあったかもしれませんが、むしろ、このような病気の人を厳しく差別する、社会に対する怒りであったかもしれません。お前のいるべき場所はここじゃないだろう。こんなところにいちゃいけない。帰るべき家があるだろう。帰るべき社会があるだろう。さっさと戻りなさい。あなたは、人間として生きるのだ。そんなこと言われても、もしかしたらこの癒された男にも恐れがあったかもしれません。家に戻っても、本当に受け入れられるだろうか。その恐れを吹き飛ばすような、主イエスの激しい息遣いを読み取ることができると思いますし、その主イエスの怒りというのは、結局はこの人に対する深い憐れみ、お腹の底から揺り動かされるような深い憐れみとひとつのものだったと言わなければならないと思うのです。
■今日のお話の最初の方で、昔は「らい病」と訳されていたのが、今は「重い皮膚病」と訳し換えられた、しかし「重い皮膚病」という翻訳にもまだ批判がある、などという話をしました。もうひとつ、皆さんの中にも既にお持ちの方があると思いますが、来年の春から『聖書協会共同訳』という新しい翻訳を礼拝で用います。そこでは「規定の病」と訳されました。「旧約聖書の律法によって規定された病」ということです。私は初めてこの新しい翻訳を読んだとき、これじゃあ皮膚科なのか耳鼻科なのか、病気の種類すら分からないじゃないかと、それこそ批判的な感想を持ったのですが、今は考えを改めました。よく工夫された翻訳だと思います。「規定の病」というのはつまり、法律で定められた指定感染症ということでしょう。感染症の第二類とか第五類とか、聖書の時代にもそのように規定された病気があって、中でも恐れられていたのが新共同訳で言うところの「重い皮膚病」だったのです。しかしそういうたぐいの「規定の病」というのは、ハンセン病以外にも、今でもたくさんあるわけで、言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症も「規定の病」です。昔の結核だってエイズだって同じことです。それは皆、ある意味で「規定の病」なのです。
そういう「規定の病」に関して、結局いちばん肝心なことは、これがまさしく「規定の病」だということなのです。「あの人はらい病だ」。「あの人はエイズだ」。「あの人はコロナだ」。そうなると、必ず規定に従って、たとえば陽性になったら何日間外出禁止とか、そういう話になるわけです。旧約聖書にも、重い皮膚病に関する規定があり、先ほど紹介したように、いくら何でも残酷過ぎないかと思われる規定もあったのですが、それだってもともとは、少しでも伝染病によって人びとが傷つくことのないように、社会が損なわれることのないように、という神の愛の掟であったと思うのです。われわれが今、PCR検査だの自宅療養だのやっているのも、あくまでも愛のゆえに、感染症対策をしているのです。かつてこの国にもあった「らい予防法」という法律も、実は愛の掟だったのです、などと言うつもりは毛頭ありません。あれは悪法以外の何ものでもない。それは話が別です。
けれどもここでの問題は、たとえ規定そのものがどんなに正当であったとしても、その規定が人間の残酷な心と結びついたときに、それはかえって、人間の残酷さをますます深刻に露呈してしまう結果になりました。この3年間のことを振り返ってみるだけでもよいのです。未知の伝染病が始まったというだけで、人間というのが実はどんなに愚かで、どんなにわがままで、どんなに残酷な生き物であるかが明らかになってしまいました。どうして毎朝早くから列をなしてトイレットペーパーを買い占めないといけなかったのでしょうか。コロナにかかったということを、どうしていちいち隠さなければならなかったのでしょうか。そういう人間の愚かさ、残酷さというのは、たとえば結核が流行ったときにもエイズが流行ったときにも露わになりましたし、らい病・ハンセン病の人たちに対してわれわれ日本人が何をしたか、何をしなかったかということを思い出してもいいし、もしかしたらさらに進んで、われわれ日本人が、広島や長崎や福島の被爆者を差別するような人間であったのだということを、正直に思い出してもよいかもしれません。
そして、そのような私ども人間のいちばんの問題は、結局のところ、「本当の友になる」ことができないという、この一点に尽きるのではないでしょうか。まさにそれが、私ども人間の根本的なみじめさであり、それを聖書は罪と呼ぶのです。「友なきものの友となりて」とあの讃美歌は歌うのですが、友だちがいないかわいそうな人はどこかにいないかな、と周りをきょろきょろする必要はありません。罪人でしかないこのわたしのために、神の子イエスが人となって、馬小屋の中に生まれてくださったのです。わたしの友となるためであります。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネによる福音書第15章13節)と主は言われました。主イエスは、事実その通りのことをしてくださったのです。
■今、思いも新たに、主イエスの恵みの言葉を聞き取りたいと思います。「イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると……」(41節)。この「よろしい」と訳されている言葉は、直訳すると、「わたしは望む」という表現です。「わたしは望む。あなたは清くなるのだ」。それは、それに先立つ40節の、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」という祈りに対する答えでもあります。「もしあなたがお望みになるならば、あなたは何でもおできになります。わたしも、清くなることができるのです」。それに答えて主は、「わたしは望む、あなたが清くなることを」と言われました。もしも主イエスが、今私どもにもそう語りかけてくださるなら、私どもも立つことができます。清い人間として、まことの人間として立つことができます。
クリスマスというのは、神が人になってくださったことを祝うときですが、それと同時に、私どももまた新しい人間になることができる、その望みを与えられるときだと言わなければならないと思うのです。お祈りをいたします。
主イエス・キリストの父なる御神、あなたは、私どものみじめさをご存じです。どんなに立派な生活をしている者も、どんなにみじめな生活している者も、あなたの前で知るみじめさはただひとつ、本当の友になることができないということなのかもしれません。平穏なときには穏やかな顔をしていることができても、ちょっと何かがあると、すぐにだめになるのです。疫病が流行ったり、険しい利害関係が絡んだりすると、私どもの心は恐ろしく狭くなります。私どもと等しく人になってくださった主イエスよ、今私どもにも触れてください。「あなたも清くなるのだ」との憐れみのみ声を、憤りさえも含む激しいみ声を、新しい思いで聞きとらせてください。そうすれば、私どものような者でも、まことの人間として立つことができます。私どもの主、私どもの友、イエス・キリストの御名によって祈り願います。アーメン